満足感とは、物的なものよりも、結局心が決めます。

心によって、人の人生は左右されます。
「満たされたいる」とあなたが感じるのは、どういう時でしょうか?単純に、お金持ちになったとき、大きな家をもったとき、高い車を所有したときなどでしょうか?
たしかに、それらはとても素敵なことですね。わたしも、日々生活していて、「お金があればなぁ」と考えることがよくあります。お金さえあれば、自分の欲しいものはすぐに買うことができるので、とてもいいことですね。
しかし、私は同時に、必ずしもお金があれば心が満たされるかといわれればそうでもないと思っています。これは、お金持ちになりたいという発想を否定するものでは決してありません。
ただ、人が満たされていると感じるのは、あくまでその人の心の持ちようであって、お金はその中のツールの一つであるということです。
お金があって贅沢な生活をしていても、その生活の中でさえ、「今日はなんかついてないなぁ」と思う日もあるでしょう。そんな時に、気を紛らわしたくて、お金で贅沢なことをしても、肝心なあなたの心は、はたして満たされているでしょうか?
むしろ、「お金持ちになりたいなぁ」と、お金持ちになったときのことを想像している時の方が、心は満たされているはずです。少なくとも、私はそうです。
私なら、実際にお金を手にしてしまった瞬間から、もうワクワクした感情はなくなってしまい、また別のワクワクする物(お金以外の)を探し出すでしょう。
このように、心のありかたで、人の満足度は左右されるのですね。

気づけば簡単なんだけど

1年ぐらい前にデスクトップパソコンを購入した当初はそうでもなかったんですが、
使っていきながら周辺機器などを揃えていくとだんだんと困った事が表面化していきました。
最初の頃は余裕があると思っていたパソコンを置く机の上のスペースが、足りなくなっていったのです。
まあ必ずしも必要でないものでも欲しければ買ってしまう私が悪いんですが。

 

で、頭を悩ませてネットで色々調べていくと、ディスプレイを上に設置してその下に空いたスペースに
キーボードなどを収容する、机上台という種類のアイテムを知りました。
ひょっとしたらパソコンを使っているほとんどの人にとって常識かも知れないこのアイテムの存在はおろか
その概念すらも、私は知らなかったのです。
で、早速某大手販売サイトでポチって我がパソコンデスクに机上台を導入。
なんということでしょう。
地獄の釜の中で茹でられる亡者のようにごちゃごちゃした机が、スッキリしたではありませんか!

 

「ごちゃごちゃしたものは仕舞えばいい」と言うのは至極当然な考え方ではありますが、
そんな小学生の時点で習うような当たり前の常識だとしても気づけない時は気づけないものなのです。
そんな気づけない当たり前の常識の例を・・・挙げようと思いましたが、全く思い当たりません。
他にもある筈ですけど、それに気づけないことそのものが問題なんですからね。

 

自分の知や抜け目の無さに絶対の自信を持っている人、それはほぼ確実に間違いです。
人間である以上、何か簡単な事を見落としているものなんですよ。

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